トルコってどんな国?

 

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 トルコってどんな国?


皆様はトルコと言う国をご存じでしょうか?

イスタンブールのビル群
▲ イスタンブールのビル群

トルコ人は不思議なほど日本人のことが好きです。 トルコで「世界のどの国が好きか」というアンケートを取ると、毎年決まって日本または日本人が一番になるのです。 そしてドイツが二番、フランスやイギリスなど日本人にとって馴染みのある国や周辺のイスラム圏の名前が出てくるのはその後なのです。

首都アンカラやトルコ最大の商業都市イスタンブールの土産物店、地中海沿岸の観光地を歩いていると「ジャポン?」(日本人?)と声をかけられることがあります。 相手が日本人だと分かると「おはようございます!」「こんにちは!」といった日本語で返されることさえ珍しくありません。 彼らにとって日本からの客人に声をかけたり、日本人と会話することは楽しみでもあるのです。 こちらからトルコ語で「メルハバ!」(こんにちは!)などと返事をしようものなら、「お!」と驚き喜んでくれることもあります。 レストランやお店では、英語で「美味しいか?」などと聞かれることがありますが、そんな時に「チョック・ギュゼル!」(とても美味しい!)あるいは「テシェキュルエディリム」(ありがとうございます)などと応えれば、「おぉぉ〜!」と感嘆の声が聞かれますし、追加のお茶(チャイ)をご馳走になったこともありました。

トルココーヒー
▲ トルココーヒー

ご存じの方も多いと思われますが、1890年のエルトゥールル号海難事故の際の和歌山県串本町民による懸命な救助活動や、トルコの宿敵ロシアに極東の新興国日本が勝利した日露戦争(1905年)、第一次世界大戦後の日本の歴史的な経済発展など、トルコ人の目には日本人が親近感溢れる極東の友人と映るのです。 特に、日本が、数百年間トルコ(当時のオスマン帝国)を苦しめてきた宿敵ロシアを日本海海戦で破ったことは、トルコに限らず、植民地として厳しい生活環境を強いられていた世界中の人達に大きな希望を与えました。 日本がロシアに勝利すると当時のトルコでは国を挙げてのお祭り騒ぎとなり、中には自分の子供の名前に「東郷」や「乃木」などといった日本の名前を付けた人もいたようです。


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 食べ物 観光 トルコの魅力とは?


2000年代に入ってからは世界的なバブル(米国のサブプライムと円キャリー取引の拡大などが主因)の影響や、BRICS諸国の成長による景気への刺激もあり、急速な経済成長を遂げています。 イスタンブールの一等地では2000年代前半からの約5年間で土地の価格が5倍以上になった場所もあります。

イスタンブール市街
▲ イスタンブール市街

イスタンブールでは特に、ボスポラス海峡に面した住宅街や、旧市街地にある歴史地区(アヤソフィア聖堂やトプカプ宮殿などの世界的に有名な建築物がある場所)が風光明媚な場所として知られています。 金角湾(ハリーチ湾)では鯖サンド(鯖のフライと玉ねぎなどの野菜をパンに挟んだもの)や粘り気のあるトルコアイスなどの名物が売られ、農産物や海産物などの食材にも恵まれた、経済統計などに表わされる生活水準の数値などでは感じられない、食料自給率の高い(食料輸出国)裕福な生活の一端が感じられる国です。

トルコ相撲ことヤールギュレシ
▲ トルコ相撲ことヤールギュレシ

観光地では、パムッカレ(石灰岩で出来た温泉地)、カッパドキア(奇岩地帯)、エフェソス(古代円形劇場)、地中海に面したアンタリア(アントニウスがクレオパトラにプレゼントしたと言われている美しい海岸線沿いに広がる地域)などが有名です。

国全体としては、国土の西側に位置するマルマラ地方(イスタンブールがある地域)やエーゲ地方(トルコ第三の都市イズミルがある地域)の開発が進んでおり、東部(イランに面している地域)や南東部(シリアに面している地域)の開発は遅れています。 また東部や南東部ではクルド民族問題も抱え、最近ではシリアとの国境付近に200万人近いシリア難民が押し寄せるなど大きな問題となっています。

トルコの代表的な料理のひとつ シシカバブ
▲ トルコの代表的な料理のひとつ シシカバブ

産業面では、欧州企業を中心として近年は日本企業もトルコに進出していますが、トルコはエネルギー資源輸入国であり、輸出による外貨獲得が至上命題となっています。 また最近では急激なリラ安により輸入物価の上昇を招くなどインフレ傾向となっており、結果として市場金利は高止まりし、なかなか下がらない、と言った金融市場環境にあります。

他方で、人口規模は約8,468万(2021年トルコ統計局参照)に達し、若い労働力が経済を支えています。 懸念要因としては関税同盟によりヨーロッパ経済圏の一員となったことから、欧州の景気に影響を受け易い経済体質である点です。 但し、近年では成長著しい中東諸国や北アフリカ、中央アジアなど欧州経済圏以外との貿易量が増加してきており、欧州経済に影響を受ける度合いは年々減少傾向にあります。


日本とのつながり

 

当時のエルトゥールル号
▲ 当時のエルトゥールル号

1887年に日本の皇族がトルコを訪問、皇帝に謁見した答礼としてトルコ皇帝は1889年に650名の使節団を軍艦エルトゥールル号で日本に派遣した。 使節団が明治天皇に拝謁後、神戸に向かう途中、エルトゥールル号は紀州沖(串本)で台風に遭遇し座礁、沈没。 その時、付近の住民の懸命な救助により69名の乗組員が救出された。 また、犠牲者に対する義援金の募集が日本国内で広く行われ、救出された乗組員は日本海軍の巡洋船で丁重にトルコに送還された。 これが日本とトルコの友好の原点の出来事とされている。


和歌山県での友好交流パレード
▲ 和歌山県での友好交流パレード

1904年〜1905年の日露戦争ではトルコが長年苦しめられてきたロシア帝国に日本が一矢報いたことから、トルコの民衆は「極東の盟友が宿敵ロシアを下した」と喜び、同時にアジアの近代化の優等生として認識されるようになった。


1985年3月、イラン・イラク戦争下のテヘランではイラクがイラン領空の全航空機を対象に攻撃すると発表したことから、テヘラン在留の日本人が孤立状況に陥った。 この時トルコ政府は、日本の要請に基づいてトルコ航空機をイランに派遣、イラクの攻撃が開始されるぎりぎりで多数の日本人が救出された。

エルトゥールル号事件から120年目の節目で作成された公式ロゴ
▲ エルトゥールル号事件から
  120年目の節目で作成された公式ロゴ







出所:外務省HP、和歌山県HP、ウィキペディア


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